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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)358号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 神藤博

被控訴人(附帯控訴人) 浜田秋子

原審における脱退被告 八木秀和 外一名

原審における脱退参加人 日新建設株式会社

主文

本件控訴はこれを棄却する。

附帯控訴につき原判決主文第二、三項を左のとおり変更する。

附帯被控訴人(控訴人、以下単に控訴人と称する)は附帯控訴人(被控訴人、以下単に被控訴人と称する)に対し昭和三四年四月二五日から昭和三五年一二月末日までの間一月金一、五七六円、昭和三六年一月一日から原判決主文第一項記載の建物収去、土地明渡までの間一月金一、九三三円の割合の金員を支払え、

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を、附帯控訴につき控訴棄却、附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする旨の判決を求めた。

被控訴代理人は控訴棄却、控訴費用は控訴人の負担とする旨の判決を、附帯控訴につき、主文第三、四項同旨の判決を求めた。

被控訴代理人は請求原因として、

一、泉大津市田中町一〇番地所在の宅地一六〇坪一合二勺は訴外寺田忠一所有の宅地であるが、右宅地の内五二坪二合を被控訴人が右訴外人から昭和三〇年一月一日以降賃料一ケ月一坪につき金五九円一六銭の約定で賃借している。

二、然るに控訴人は何等の権限もないのに昭和三四年四月二四日(同日後記本件建物を脱退参加人会社より買受け同年五月一八日移転登記)より被控訴人の右借地の内約二二坪二合一勺の地上(以下本件土地と略称する。)に木造瓦葺二階建店舗一棟建坪二二坪二合一勺外二階坪二一坪二合五勺の建物(以下本件建物と略称する)を所有して右土地を不法に占拠し被控訴人の右賃借権を侵害している。

三、よつて被控訴人は前記土地所有者に代位して控訴人に対し右建物を収去してその敷地約二二坪二合一勺の明渡しを求めると共に、右賃借権に基きその侵害を理由として不法占拠の最初の日の翌日たる昭和三四年四月二五日より昭和三五年一二月末迄は地代相当額たる一ケ月金一五七六円、昭和三六年一月一日より右明渡しまでは同じく一ケ月一九三三円の割合による損害金の支払を求める為め本訴に及ぶ旨陳述し、

控訴人主張の抗弁事実を否認しその主張に対し、

一、被控訴人が元本件借地上に控訴人主張の店舗を所有しそこで飲食店を経営していたこと、昭和二九年一一月八日被控訴人と脱退参加人日新建設株式会社(以下脱退参加人会社と称する。)との間に、請負代金の支払方法及びその時期並びに建物竣工時期を除き、その余は控訴人主張の如き約束で店舗兼住宅の新築請負契約が締結せられたこと、新築にかかる本件建物が昭和三〇年五月下旬頃大体完成したこと、脱退参加人会社が昭和三〇年五月三一日到達の内容証明郵便で訴外大島錦司に対し控訴人主張の如き催告並びに条件付契約解除の意思表示をなして来たが被控訴人がその催告に応じなかつたこと、脱退参加人会社が昭和三〇年六月二七日新築建物につき自己名義に所有権保存登記を経由したうえ同年七月六日脱退被告両名に右建物の所有権を移転したこと、脱退参加人会社が脱退被告八木秀和同八木マス(以下脱退被告と称する。)両名から右建物を譲受け昭和三一年一二月二四日その旨の登記をし、その後昭和三四年四月二四日右建物を控訴人に売却し、昭和三四年五月一八日所有権移転登記を経由したことはいづれもこれを認める。その余の事実は総て否認する。

(一)  前記請負契約における請負代金一、六九五、三〇〇円の支払方法は、内金一、〇〇〇、〇〇〇円を被控訴人の夫訴外大島錦司の訴外株式会社幸福相互銀行岸和田支店に対する契約額金九九〇、〇〇〇円の日掛掛金契約に基き昭和三〇年二月末完成予定の本件新築建物を担保として同銀行から金一、〇〇〇、〇〇〇円借りた時これを支払い、残金六九五、三〇〇円は工事が完成(工事完成時期は遅くとも昭和三〇年二月末日との約束であつた)してその引渡を受け、被控訴人において営業を開始した後一年以内に分割支払うという約束であつた。

そもそも脱退参加人会社の代表者和田吉郎は古くから被控訴人方店舗に日頃出入する常顧客の一人で被控訴人方の家庭事情は勿論、その資力の乏しいことも知悉していた者であるが、被控訴人が昭和二九年一〇月頃無理算段して店舗住宅(取毀前の建物と残存建物)を前所有者から買受けたこと及び被控訴人が右店舗の建替を欲していることを知り、被控訴人に対し「家を買つたのなら建直してあげる、金など心配はいらない、代金は何時でもよい。」等の甘言をもつて建替を積極的に勧めてくれたので、被控訴人もその好意に感謝して遂に脱退参加人会社との間に前記の如き建物新築請負契約を締結するに至つたもので、請負代金の支払方法、時期等については通常の場合と異り確固たる取極めがなされていなかつた。このことは脱退参加人会社が相当古い建設会社でありながら全然請負契約書を作成していない事実に照らして窺知するに足る。畢竟後から考えると、脱退参加人会社代表者和田吉郎は建物の敷地が南海本線泉大津駅前の繁華街にある泉大津市内一等地に当り通常の手段では到底入手することが困難なところから、被控訴人が店舗を買受けた直後で全然資力がないため、店舗の建替工事をしても最後に一時に代金支払を請求すれば到底これに応ずることができないことを知悉し、これに依つて被控訴人を窮地に陥れ右土地の権利を自己の手中に収めんと計つたものである。蓋し被控訴人の請求にもかかわらず、代金の支払方法、時期及び完成日時等を記載した一片の請負契約書すら殊更作成しなかつたことはこれ等の点を態と曖昧にしておき、後日の非望を達せんことを計つたものとしか考えられない。而して参加人会社は案の如く竣工期限を経過するも工事を完成せず、被控訴人から厳しい督促をうけるや、工事が七分通り完成した昭和三〇年五月四日頃突然本件新築建物を釘付けにし工事の施行を全く放棄した。よつて被控訴人は昭和三〇年五月一六日脱退参加人会社に対し右工事を一〇日以内に完成の上引渡すよう催告すると共に、これに応じないときは請負契約を解除する旨の意思表示をなした。脱退参加人会社は右催告を受けるや、右期限内に工事を竣工することなく、責任転嫁のため、同月三一日(同月二六日頃建物は大体完成した)訴外大島錦司に宛て一〇日以内に代金全額の支払方を催告し(それまでは曾つて一回も代金の請求をしていない)これに応じない場合は契約を解除する旨を通知して来たのであつて、被控訴人は当初の約束に反するこのような催告には固よりこれに応ぜず、又右催告並に解除の意思表示は被控訴人のなしたる条件付解除の意思表示の効果発生後(右会社は被控訴人の催告期間内に右建物を竣工せず、又竣工したとしても、後記の如く右建物を担保物件として被控訴人が他から金員借入可能となるような措置を右会社において講ずべき義務があるにもかかわらず右義務を履行しなかつたため、被控訴人のなした解除の効果が発生したもの)のものであるのみならず、契約当事者外の大島錦司に対してなされたものであるから脱退参加会社のなした右契約解除は解除原因を欠き且つ意思表示の相手方を誤つた無効のものであるところ、脱退参加人会社は請負契約は既に解除せられたとして、同年六月二七日本件新築建物につき同会社名義で所有権保存登記を経由したうえ、これを脱退被告等に売却引渡したものである。(同年七月六日移転登記)そもそも当初の請負契約の約旨によれば、請負人である右会社は新築建物竣工後直ちに被控訴人名義に所有権の保存登記をしたうえ銀行に担保に差入れて融資をうける手段を被控訴人のため講じなければならぬ筋合であるのに、右の如く直ちに被控訴人に対し(実際は被控訴人に対してではなく夫の大島錦司に対し)請負代金全額の支払を請求したうえ、これに応じなかつたことを理由に請負契約を解除し、新築建物につき自己名義に所有権の保存登記を経由し、これを第三者たる脱退被告等に売渡し、その移転登記と引渡しを完了した以上、被控訴人はもはや代金捻出の術を失い、新築建物の引渡しを受けて同所で営業を開始する当初の希望は無残にも踏みにじられ、脱退参加人会社は計画通りの目的を達した次第である。

(二)  控訴人は地主が脱退参加人会社に対し本件係争建物の新築を承認したと主張しているが、かかる事実はなく、被控訴人が本件借地上に建物を建替することを知り已むなく被控訴人に対しこれを事後承認したにすぎない。

(三)  控訴人は顛補賠償として金一、七六六、八〇〇円の債権を譲受けて所有する旨主張するが、仮に契約解除により脱退参加人会社が何等かの損害を被つているとしても同会社は本件係争建物を脱退被告等に売渡し、同被告等はその建物で一年数ケ月の間毛糸布類の販売を営み、更にその後脱退参加人会社が右建物を昭和三一年一二月二四日買戻して以来これを右会社の事務所として使用し、且つ、この建物に抵当権を設定して他から金二、〇〇〇、〇〇〇円以上の融資を受けているのであるから、既にその損害は顛補せられたものというべきである。

二、本件の土地所有者が被控訴人に対し賃借地上に建物の新築を承諾しても、既に新築建物が契約解除により請負契約を脱して脱退参加人会社の完全な所有に帰した後において、引続き脱退参加人会社及びその後の譲受人の何人に対しても右建物の敷地の使用占有を容認甘受しなければならないという道理はなく、また控訴人は右建物の第四次取得者であるが、既に脱退参加人会社において完全に損害の顛補をえている以上損害賠償を言為することはできない。故に控訴人の抗弁は失当である。

と述べた。

控訴代理人は答弁及び抗弁として、

一、控訴人が被控訴人主張の土地上に被控訴人主張の本件建物を所有するに至つた経過は次の通りである。被控訴人は訴外寺田より賃借中の被控訴人主張の土地上に、元木造セメント瓦葺平家建店舗を所有し、そこでガンバローの屋号で飲食店を経営していた。昭和二九年九月初頃脱退参加人会社は被控訴人とその夫訴外大島錦司から右建物の新築を依頼せられ、種々接衝の結果、同年一一一月八日被控訴人と脱退参加人会社との間に同会社は被控訴人所有の右建物の中東側半分約一二坪を取毀し、その跡へ、即ち本件土地上に、本件建物すなわち本造セメント瓦葺二階建店舗兼住宅一棟(建坪二一坪四合延四二坪八合)を新築すること請負代金は金一、六九五、三〇〇円(但し取毀の古材一部使用のこと)とし、被控訴人は内金七〇〇、〇〇〇円を新築工事が竣工するまでに、又残金を建物完成引渡しと同時にそれぞれ支払うこと、建物完成引渡時期を昭和三〇年三月末日とすること等を内容とする請負契約が成立した。

そこで建物新築につき地主たる訴外寺田の承諾をえた上、脱退参加人会社は直ちに前記建物を取毀し、昭和二九年一一月一八日より新築工事に着手し、工事が着々と進捗したので同年一二月末より数回に亘り被控訴人夫婦に対し約旨の内金支払を請求したが、被控訴人夫婦は言を左右にしてこれに応じないのみならず、前記請負契約締結に際して、被控訴人夫婦は、請負代金の調達方法として、旧建物の残存部分を処分して内金七〇〇、〇〇〇円の支払に宛て、また訴外幸福相互銀行岸和田支店に日掛積立預金をして、同銀行から新築建物を担保に金一、〇〇〇、〇〇〇円を借受け、これを残代金の支払に充てると約束しておきながら、旧建物の残存部分の処分をしないし、また同銀行に対する日掛預金もしないので、到底請負代金を完済しえないことが明瞭となつたから、脱退参加人会社は被控訴人夫婦に対し内金七〇〇、〇〇〇円を確実に支払いうるに至るまで請負建物の完成を暫時延期する旨を告げ、右内金の支払を督促しつつ自費で残工事を徐々に行い、昭和三〇年五月二六日これを竣工完成したもので(工事途中において被控訴人は調理室、屋外排水管伏設工事等の変更を求めたので、その変更工事に金七一、五〇〇円を要した結果、総請負代金は金一、七六六、八〇〇円となつた)直ちに被控訴人夫婦に対し新築建物の引取りと代金の支払を請求したが、被控訴人夫婦は手許不如意のためこれに応じなかつた。脱退参加人会社は重ねて同年同月三一日到達の内容証明郵便をもつて、被控訴人の夫訴外大島錦司に対し、一〇日以内に代金の支払及びそれと引換に建物を引渡す旨の催告並びに右代金支払なき場合は請負契約を解除する旨通知し、(右大島と被控訴人とは内縁の夫婦関係にあり、本件建物の新築についてはすべて両名が相談し合つていたのであるから、右催告並びに条件付解除の意思表示は誤つて右大島宛になつているが、被控訴人は直ちに右事実を認識し従つて右催告並びに条件付解除の意思表示は被控訴人に対し有効である)、更に同年六月一二日被控訴人夫婦に対し右代金の支払を求めたが、被控訴人夫婦は手許不如意を理由にこれに応じてくれないので、脱退参加会社は已むなく被控訴人に対し前記請負契約を解除した。かくて脱退参加人会社は被控訴人の請負契約代金債務不履行に基く解除により請負代金相当額の損害を被つた。

併しながら脱退参加人会社はなんとかして円満に解決しようと考え、被控訴人夫婦に対し前記損害金中金五〇〇、〇〇〇円の支払と引換に右建物を引渡す、残金は分割払とする等の案を提示し、その支払及び建物引取りの意思があるかどうかを確めたが、被控訴人夫婦はこれをも拒絶した。脱退参加人会社は資金の都合上やむなく昭和三〇年七月六日右新築建物を脱退被告両名に対し代金は金一、七〇〇、〇〇〇円とし、同会社の責任において右建物の敷地を地主たる寺田忠一より賃借できるようにすること、もしこれができない時、又は右建物の元の註文者なる被控訴人より建物の引渡し等の要求等苦情があつたばあいに右会社がその責任においてこれを解決しえない時には当然売買契約は効力を失い、右会社は脱退被告両名に右売買代金を返還し、脱退被告両名は右建物を右会社に引渡すこと等の約定で売渡し(昭和三〇年七月六日移転登記)たが、被控訴人より右建物収去の本訴を提起せられ、右会社は地主たる寺田忠一に対し右建物敷地を脱退被告両名に賃貸方をこんせいしたが、これを拒絶せられ、遂に右敷地を賃借しえないことが確定し、右建物の前記売買契約は消滅したので、昭和三一年二月一八日右会社は脱退被告両名に対し、右売買代金を返還し(その他に脱退被告等が右建物に設置した電話加入権の売買代金として金三〇〇、〇〇〇円支払)右建物の引渡しを受けた(その所有権移転登記手続は、若し被控訴人と脱退参加会社との交渉が円満妥結すれば、脱退被告等より直接被控訴人になすを得策と考えたので、買戻後放置していたが、やむなく同年一二月二四日脱退参加人会社へ所有権移転登記手続をした)その後脱退参加会社は被控訴人と種々接衝を重ねたが、被控訴人は右建物は不要であるからその取毀収去を求めるというていささかも譲歩せず、一方建物の管理に出資が嵩み到底これを維持することができなくなつたので、脱退参加人会社は、控訴人に対し、昭和三四年四月二四日(移転登記は同年五月一八日)右建物の所有権と前記損害賠償債権金一、七六六、八〇〇円及びこれに対する不履行の翌日たる昭和三〇年六月一三日より昭和三四年四月二四日まで年六分の割合による遅延損害金債権を金二、〇〇〇、〇〇〇円で譲渡すること、その代り控訴人は右損害賠償債権元金及び遅延損害金の支払を被控訴人よりうけるのと引換に本件建物を収去して本件土地を明渡す債務を直接に被控訴人に対して負担する趣旨の建物及び債権譲渡並びに一種の第三者のためにする契約が成立し、同日控訴人は右会社に対して金二、〇〇〇、〇〇〇円を支払つて右建物の所有権と損害賠償債権を取得し、本件土地に対する占有権を同会社より承継取得し、被控訴人に対しては昭和三四年一二月七日到達の内容証明郵便をもつて債権譲渡を通知した。

以上のように控訴人は右建物の所有者であると共に被控訴人に対し請負契約不履行に基く損害賠償債権を有するものであるから、被控訴人から右損害金(本件請負代金一、七六六、八〇〇円より本件建物取毀し後その利用可能の木材瓦建具等の処分代金一〇〇、〇〇〇円を差引き、これに取毀し費用金五〇、〇〇〇円を加算した金一、七一六、八〇〇円が実損額である)の支払を受けるまで右建物の収去、本件土地明渡を拒絶しうるものである。

二、法律上の主張として、

(一)  本訴は本件土地の賃借人たる被控訴人がその賃借権を保全するため、賃貸人たる本件土地の所有者訴外寺田の有する本件土地の妨害排除請求権を代位して行使するものであることは被控訴人の主張に徴して明らかなところ、土地の賃借人が債権者代位権に基き該土地の賃貸人たる所有者の有する妨害排除請求権を代位行使し得るのは第三者が該土地を不法に占有し以て右土地に対する賃借人の使用収益を妨害している場合である。

脱退参加人会社は本件土地の賃借人である被控訴人との間に結ばれた本件建物新築に関する請負契約に基き適法に本件土地を占有し、右請負契約の約定により右会社が自己の費用と資材を以て本件建物を新築したため、原始的に本件建物の所有権を取得した次第で、右会社が本件建物を所有し以て本件土地を占有してもその占有は不法ではない。而して本件建物が完成したのにもかかわらず被控訴人は約定の請負代金を支払わないため、右会社はやむなく右請負契約を解除したものであるから、被控訴人より債務不履行に基く解除による損害金の支払をうけるまで本件土地の明渡を拒みこれを占有するも適法なることは明白である。而して控訴人は右会社より右解除に基く右損害賠償債権と共に本件建物の所有権及び本件土地の占有を承継したものであるから、控訴人は本件土地を不法に占有しているものではなく、よつて、被控訴人の債権者代位権は保全の必要性を欠くのみならず、右に述べたように、被代位者である訴外寺田が脱退参加人会社に対し本件土地上に係争建物の新築を承諾した以上、請負契約が被控訴人の不履行により解除せられ、そのため脱退参加人会社から前記損害金債権と共に本件建物所有権を譲受けた控訴人は被控訴人に対し右損害金の支払を受けるまで民法第五四六条、第五三三条により本件建物の収去、本件土地の明渡を拒絶しうるのであるから(同時履行の抗弁権)被控訴人に対しては勿論のこと、被控訴人と右訴外人間に賃貸借契約が存続している限り、右訴外人に対しても右抗弁権を主張しうるものであつて、右訴外人がこれを甘受しなければならぬこと明白である(このことは、右訴外人が所有権に基く妨害排除請求権により直接控訴人に対し建物収去、土地明渡の訴訟を提起した場合を考えれば事理自ら明らかである。何故ならば、本件建物請負契約はその註文者である被控訴人の債務不履行により解除されたにもかかわらず、右請負契約上の請負主なる脱退参加人会社及びその承継人なる控訴人の本件土地占有を排除すべき義務を、右建物新築を許容した敷地所有者である寺田に負わせることは、被控訴人のためになすべき寺田の妨害排除義務の範囲を超えるものである)。故に被控訴人の本訴請求には応じられない。

(二)  仮に然らずとしても、控訴人は被控訴人から前記損害金の支払を受けるまでは建物収去、土地明渡しを拒絶しうるのに対し、被控訴人はその支払をするまでは、控訴人に対し建物収去、土地明渡しの請求をなしえない関係にあるところ、代位訴訟は債権者が債務者に属する権利を行使するのでなければ自己の債権を保全しえない場合にのみ許されるものであるから、被控訴人は右請負契約に基く特殊な法律関係を律する法規による権利に基いて控訴人に対し本件請求をなすことを要し、且つ、これを以て足るものであつて(例えば仮に脱退参加人会社において請負契約上の義務不履行があれば、右不履行に基いて契約を解除し、脱退参加人会社及びその承継人たる控訴人に対し本件請求訴訟を提起すれば十分である)、訴外寺田の前記妨害排除請求権を代位行使する必要性は毫も存しない。故に被控訴人の請求は失当であること明らかである。

(三)  仮に然らずとするも、被控訴人の本訴請求は著しく信義則に反し、且つ、権利の乱用であるから失当である。蓋し本件建物の新築は被控訴人及び本件土地所有者たる訴外寺田の承諾且つ責任のもとになされたものであつて、又控訴人は被控訴人が前記損害金及び遅延損害金の支払をなすならば、何時でも本件土地を被控訴人に明渡す用意が出来ているのに、被控訴人は本件建物新築の註文をなしながらその工事代金を支払わず本件建物の収去、土地明渡しを要求し、あまつさえ原審における和解に際しても、控訴人等の円満解決の申出を拒み、何等正当な事由がないのに徒らに本件建物の引取をも拒み、その収去を求めるのみで、折角新築完成した本件建物を取毀すことは国家経済上非常な損失となることに思を致さねばならないのであつて被控訴人が控訴人に対し本訴請求にかかる権利を行使することは前記事情に照らし著しく信義誠実の原則(殊に禁反言の原則)に違反し、且つ、権利の乱用であるから許されない。

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

一、泉大津市田中町一〇番地の土地一六〇坪一合二勺が訴外寺田忠一の所有に属することその土地の中五二坪二合を被控訴人において賃借したことは当事者間に争がなく、而して原審証人寺田忠一の証言と原審並びに当審における被控訴人本人の供述、右供述により成立の認められる甲第一号証、成立に争のない甲第一三、一四号証の各一、二を綜合すると、被控訴人は昭和三〇年一月一日右寺田から右土地の内五二坪二合を賃料一月一坪五〇円余の約定で賃借し、現在も右賃貸借は継続していることが認められ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。そして右五二坪二合の土地の内約二二坪二合一勺の地上に被控訴人主張の控訴人所有にかゝる木造瓦葺二階建店舖一棟(本件建物)が現存していることは当事者間に争がない。

二、被控訴人は控訴人が右建物所有によりその敷地二二坪二合一勺(本件土地)を占有し以て被控訴人の右土地賃借権を妨害しているから、右賃借権保全のため賃貸人たる右土地所有権者寺田に代位して控訴人に対して右建物収去、土地明渡を求めると主張し、控訴人は右建物は被控訴人が原審脱退参加人会社にその新築請負の注文をなしながらその代金を支払わないため右会社によつて請負契約を解除されたもので右会社は被控訴人より右不履行による損害金の支払をうける迄右建物収去土地明渡の義務はなく(原状回復義務の同時履行)而して地主たる寺田忠一は右新築の許可を与えたものであるから、同人と被控訴人との間に本件土地の賃貸借が存続している限り右同時履行の抗弁権を甘受しなければならぬ筋合であるところ、控訴人は右会社より本件建物を譲受け同時に右会社の権利義務を承継したもので従つて右抗弁権を以て対抗できる旨主張する。

三、よつて考察するに、まず被控訴人が訴外寺田忠一から賃借の五二坪二合の地上にもと木造セメント瓦葺平家建店舖を所有し飲食店を経営していたこと、昭和二九年一一月八日被控訴人と前記会社との間に請負代金の支払方法及びその時期並びに建物竣工時期の点を除くその余は控訴人主張の如き約定の店舖兼住宅の新築請負契約が結ばれたこと、右新築については敷地所有者寺田忠一の承諾がなされたことは当事者間に争がないところ、右請負代金の支払方法、時期並びに建物竣工の時期の点について、原審並びに当審における証人大島錦司の証言並びに被控訴人本人の供述によると、請負代金の支払方法並びにその時期は被控訴人に於て建物竣工引渡をうけてこれを担保に差入れ銀行から一〇〇万円の融資をうけてこれを請負代金の内入支払にあて残額は新築家屋における営業開始後一年以内に分割支払う約束で又建物竣工期日は昭和三〇年二月末日であつた旨の被控訴人の主張事実にそうものがあるが、右証言並びに供述中右一〇〇万円の支払時期並びにその支払方法に関する部分はこれを措信でき、従つてこの部分についての約定は被控訴人主張のとおりであると認定できるが、建物竣工時期並びに請負代金中一〇〇万円をこえる金額の支払時期に関する部分は原審における証人和田信三(第一回)坂口寛二、脱退参加人会社代表者及び証人としての和田吉郎の供述(第一、二回)並びに証言、当審における証人和田吉郎、和田信三の証言に照してたやたく措信し難く、かえつて右証人和田信三、坂口寛二、和田吉郎の各証言代表者本人としての和田吉郎の供述によると、右代金は建物竣工までに内金七〇万円を(本件建物は既存の建物の一部をとりこわし、そのあとに新築工事を施行し、而して被控訴人に於て既存家屋の残存部分を他に譲渡してその代金を以て右七〇万円を調達する約定であつたもの)、残金は被控訴人主張の時期にその主張の方法で銀行より借入れて支払うべく、建物竣工時期は昭和三〇年三月末日限りとする約定であつたことが認められる。

四、ところで原審証人和田信三、山原忠雄、坂口寛二の各証言、原審における脱退参加人会社代表者本人の供述(第一、二回)当審における証人和田吉部、和田信三、大島綿司(但しその一部)の各証言並びに被控訴人本人の供述の一部、右供述により成立の認められる甲第六号証の一、二、三成立に争のない乙第九号証によると、被控訴人は右請負代金の内一〇〇万円の調達方法として、訴外株式会社幸福相互銀行岸和田支店との間に昭和二九年九月三〇日幸種二〇箇月満期契約高二五万円及び和種一二箇月満期契約高二四万円の二口、同年一〇月三〇日幸種二〇箇月満期契約高五〇万円一口の日掛積立預金契約をしたこと、脱退参加人会社は昭和二九年一一月一八日頃本件地上の既存の建物の一部をとりこわし、その跡に本件建物の新築工事にとりかゝり昭和三〇年二月末頃迄に大体八割程度に進竣したこと、ところが被控訴人は建物捗工迄に支払う約定の内金七〇万円の調達方法として予定していた既存建物の残存部分(当該部分で被控訴人がその家族と共に居住し営業を続けていたもの)の売却計画を変更し、右七〇万円の支払をなさず、又前記日掛掛金もとゞこほり勝で、前記五〇万円口の分の昭和三〇年二月二〇日支払分の掛金は同年三月一〇日に、二五万円の分の昭和三〇年一月二〇日支払分の掛金は同年三月一〇日に支払い、その後の掛金の支払を全然なさず(二四万円口の分は同年三月九日解約処分となり、その解約返還金七二、五〇〇円は被控訴人の別口の日掛掛金契約の滞納掛金の支払にあてられたもの)そのため脱退参加人会社に於て新築工事資金の不足を来たし、又被控訴人の工事代金支払能力を懸念するに至り、その頃から工事の進行をおくらせ約定の同年三月末日迄に竣工せず、同年五月四日頃略々畳建具等をいれたら完成という段階まで至つて右家屋を釘付けにして工事を停止したことが認められる。右認定に反する原審並びに当審における証人大島錦司の証言と被控訴人本人の供述は採用できない。

五、然るところ、成立に争がない甲第七号証の一、二当審証人和田吉郎の証言の一部、当審における被控訴人本人の供述によると、被控訴人が昭和三〇年五月一六日脱退参加人会社に対して一〇日以内に建物を竣工して引渡すべくく、これに応じないときは請負契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示をなしたこと、脱退参加人会社は同年五月三一日頃右建物を完成したことが認められ(乙第三号証の一、二当審証人和田吉郎、和田信三の各証言原審における脱退参加人会社代表者本人の供述中右建物の竣工時期が同年五月二六日であるとする部分は採用できない。)

而して脱退参加人会社は同年五月三一日訴外大島錦司にあて一〇日以内に請負代金全額の支払を催告し右支払をうけると引換えに右建物を引渡すべく、右支払催告に応じないときは契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。

六、ところで、被控訴人は前記認定の如く請負代金の内少くとも七〇万円については、これを先に支払うべき約定であるから原審脱退参加人会社はまず右七〇万円の支払があるまでは右建物引渡の義務はなく従つて被控訴人に於て右七〇万円の支払の提供をなさずして本件建物の引渡を求めその不履行を理由としてなした前記契約解除の意思表示は無効というべきである。

七、次に脱退参加人会社の前記催告並びに解除の意思表示の効果について考察するに、代金一〇〇万円については被控訴人に於て建物竣工引渡をうけてこれを担保に差入れ銀行から一〇〇万円を借入れて支払う旨の約定であつたということからすれば一見右一〇〇万円の代金支払は本件建物の所有権移転、現実の占有の引渡とは同時履行の関係にたつものではなく、後者は先給付の関係にあつたものの如く、従つて、右代金催告は一〇〇万円の部分については無効であるかの如くとれるが、前記の如く七〇万円は右建物竣工迄に支払うべき約定で、かつ、右一〇〇万の支払について銀行より右建物竣工予定時に融資が得られるように被控訴人に於て予め日掛掛金をしていた点並びに取引の常態から考えると、右会社に於て被控訴人に対し右建物の所有権を移転しその登記手続の履行並びに現実の占有の引渡をなす際には被控訴人に於て予め銀行と折衝して右登記に引きつゞき直ちに抵当権設定登記手続をすませて一〇〇万円を借り、これを以て支払にあてられるように準備を完了しておくべき関係にあつたものというべく、右会社の被控訴人に対する本件建物引渡並びその所有権移転登記手続履行義務もしくは被控訴人のなす右保存登記手続協力義務は先給付義務の関係にあつたとみるのは妥当ではなく、一〇〇万円の支払についての叙上の如きその支払準備手続履行の完了と同時履行の関係にあつたものとみるべく、而して前記のとおり右会社はおそくとも昭和三〇年五月三一日右建物を竣工して右義務の履行をなすことが可能となりその履行をなすべきことを通知したので、被控訴人に於て前記催告期間一〇日の内に被控訴人のなすべき前記義務の履行についてその準備を完了して右会社の催告に応ずべきであつたところ、被控訴人に於てその事をしなかつたことは弁論の全趣旨に徴して明かである。仮には右同時履行の関係なく一〇〇万円は後給付の関係にあつたとしても脱退参加人会社のなした前記代金全額の催告は少くとも先に支払をうくべき七〇万円の催告として有効で(叙上認定の事情のもとでは過大催告として七〇万円の催告部分を無効とみるのは相当でない。)而して催告期間内に被控訴人に於て右先に支払うべき七〇万円の支払をしなかつた(この事は当事者間に争がない)のである。それ故に本件請負契約は右催告期間経過と同時に解除されたというべきで(催告並びに解除の意思表示は大島錦司宛になされているが、同人は被控訴人の内縁の夫で同棲し、本件請負契約に関しては同人もその交渉に参加し、そのため脱退参加人会社に於て右催告並びに解除の意思表示を誤つたもので、被控訴人は右催告並びに解除の意思表示の記載された内容証明は直ちに諒知したと認められるから、右催告並びに解除の意思表示は被控訴人に対するそれとして有効と解すべきである。)脱退参加人会社は右契約解除に伴う原状回復義務として右建物収去、土地明渡義務がある。(尤も脱退参加人会社に於て被控訴人の債務不履行による右解除によつて損害をこうむつたとすれば被控訴人の右損害賠償義務と右会社の建物収去土地明渡義務とは同時履行の関係にある。)

八、然るところ、原審脱退参加人会社が昭和三〇年六月二七日新築建物につき同会社名義で所有権保存登記をなした上同年七月六日原審脱退被告両名に右建物所有権を移し、(同日移転登記)更に右両名より右建物を譲受けて昭和三一年一二月二四日その旨の登記をなしその後昭和三四年四月二四日右建物を控訴人に売却し同年五月一八日その旨の登記をしたことは当事者間に争なく、而して原審並びに当審における証人和田吉郎の証言右証言により成立の認められる乙第五号証成立に争のない乙第六号証の一、二によると、控訴人は脱退参加人会社から右建物を譲受けるに際して控訴人主張の損害賠償債権を譲受けかつ右債権の支払がなされたときは本件建物を収去し被控訴人にその敷地を明渡すという契約を右会社との間になし而して右会社より昭和三四年一二月六日被控訴人に対して右債権譲渡の通知をなした事実が認められるが、以上の事実関係のもとにあつて、本件土地所有者である寺田は特段の事由がない限り本件家屋の新築請負人である脱退参加人会社が請負契約の存続中右請負契約関係より生ずる権利の行使並びに義務の履行過程で本件土地に同会社名義で家屋を所有し土地を占有することを容認する義務があるが、右請負契約解除後は右寺田に於て脱退参加人会社が本件建物を所有して右寺田所有の本件土地を占有することを容認する義務はなく、いわんや右請負契約解除後右建物が脱退参加人会社から包括承継によらずして第三者の所有に移り当該第三者が土地を占有使用するに至つた場合この第三者が請負契約より生ずる権利を譲受け且つ義務を引受けても、義務の引受けは権利者たる被控訴人の承諾なくしては、これに対抗しえざるのみならず、本来所有者寺田の有する権利は、右引受義務とは全然別個であるから同人は第三者の占有使用を容認すべき義務あるものではないと解すべきであるから、右寺田が本件土地の所有権にもとずく妨害排除請求権を行使して控訴人に対して本件建物収去土地明渡を求めること自体に何等抗弁を以て対抗される事由なく(控訴人はその主張の損害賠償をうける迄は寺田の本件土地明渡請求を拒み得る旨主張するが、右同時履行の関係は元来寺田が新築工事を許容した直接の請負人である脱退参加人会社またはその包括承継人と被控訴人間の契約関係に起因して発生するものであるから、これが延いて訴外寺田に対し、右契約関係より生ずる権利の行使義務の履行の過程で反射的に脱退参加人会社の本件土地上の家屋所有を一時容認せねばならない義務を課するとはいえ、脱退参加人会社の包括承継人でなく、土地明渡義務の承継につき被控訴人の承諾をえてもいない控訴人が何故に右契約関係に基因する同時履行の抗弁権を取得し且つこれを訴外寺田に対し主張できるのか了解できない。)従つて本件土地の賃借人たる被控訴人が賃借権保全のため右寺田の権利を代位行使する点に、これを正当としない特段の事由がない限り、被控訴人が右代位権を行使して控訴人に対し本件建物収去土地明渡しを求めることは許容せられるところである。

九、控訴人は債権者代位権行使は債権者が債務者に属する権利を行使するのでなければ自己の債権を保全し得ない場合にのみ許されるところ、本件では請負契約にもとずく特殊な法律関係を律する法規(権利関係)にもとずき被控訴人は控訴人に対して控訴人主張の損害金を支払つてこれと同時に控訴人に対して本件建物収去土地明渡を求めることを要し、かつ、これを以て足りるのであるから、被控訴人のなす債権者代位権行使は許されないと主張するが、債権者代位権行使は債権者が債務者に属する権利を行使するのでなければ自己の債権を保全し得ない場合にのみ許されると解すべきものではなく、この点の控訴人の主張は採用できない。

一〇、控訴人はその主張の事由によつて被控訴人のなす本件代位権行使は信義誠実の原則に反し権利の濫用であると主張する。

思うに、債権者が直接自己の権利にもとずいて相手方に請求をなす場合に抗弁を以て対抗されるおそれがあるので、これを避ける目的のみで債権者代位権を行使して右抗弁権を遮断せんとする場合には代位権行使は権利の濫用にあたると解する余地があると考えられる。

本件についてこれを見るに、前記のとおり被控訴人はその責に帰すべき債務不履行により本件請負契約が解除されたのであるからこれによつて脱退参加人会社に損害が生じたとすれば右会社に対して損害賠償義務(右損害額の点はしばらく措く)があり右損害賠償義務と右会社の本件建物収去土地明渡義務とは同時履行の関係にあると解すべきところ、右会社は前記のとおり右損害賠償債権(その存否、存在するとすればその額如何の点はしばらく措くことは前記のとおり)を控訴人に譲渡してその旨被控訴人に通知し、又控訴人に於て右建物収去、土地明渡債務を引受けたのである。右債務引受契約は債権者である被控訴人の承諾がなければ被控訴人に対しては効力はないが、被控訴人に於て仮りに代位権行使にもとずかずして直接自己の賃借権侵害を理由として右建物収去土地明渡を控訴人に求める場合は右債務引受を認めたことにはならないとしても、これを認めたと同様の効果を付し控訴人の損害賠償債権と同時履行の関係に立つとみるのが公平の原則上妥当と解される。それ故に被控訴人の本件代位権行使は一見右抗弁権回避のためなされたものの如き外観を呈するが訴訟の経過を見ると、前記のとおり右会社は本件建物を原審脱退被告八木秀和、八木マス両名に譲渡したので(原審並びに当審における和田吉郎の証言並びに脱退参加人会社代表者本人としての供述によると、右会社は被控訴人との間に円満解決をはかるべく請負代金の分割弁済につき種々交渉したが不成立におわり、資金繰りのため已むなく、もし地主寺田が敷地の賃貸を承諾しないときは買戻す約定で、右建物を請負代金と同額で原審脱退被告両名に売渡したことが認められる)被控訴人は本件賃貸権保全のため地主寺田の所有権を代位行使して被告両名に対して本件建物収去土地明渡訴訟を提起し而して後記認定のとおり寺田が被告等に対する本件土地の賃貸を承諾しなかつたので原審けいぞく中脱退参加人会社は約定にもとずいて被告両名より本件建物を買戻し当事者として訴訟に参加し原審被告両名は脱退したが、その後原審けいぞく中更に右会社は昭和三四年四月二四日控訴人に右建物を売却し(右売却が前同様右会社の資金繰りのためであることは前顕和田吉郎の証言並びに代表者本人として供述により明かである。)控訴人が当事者として訴訟に参加し、参加人会社は脱退したのであつて、右事実によると代位権を行使しての原審脱退被告に対する本訴請求は被控訴人の賃借権保全のために取り得る唯一の手段と考えられ(蓋し被控訴人のとるべき他の手段としては賃借権そのものの第三者に対する対抗力の主張が考えられるが、賃貸借が登記を享受せずまた本件土地については被控訴人は既に占有権を失い且つ同地上に登記した建物も所有しないのであるから、この方法によることは不能乃至著しく困難であり、また被控訴人と脱退参加人会社との間の解除による原状回復義務の履行請求も本来このような義務の原審脱退被告次いで控訴人への承継を被控訴人において認めると否とはその自由であつてその義務に属しないものであるのに、必ずそれを認めてそれに対応する権利のみを行使すべく所有者の権利を行使すべからずとの法理は存しない)抗弁権切断回避の手段として代位権を行使したものではないから何等権利の濫用、信義誠実の原則に反するものとは考えられず、その後の相次ぐ本件建物所有権の移転及びこれに伴う本件訴訟の脱退参加によつて順次脱退参加人会社、控訴人が当事者となつたことは被控訴人に於て抗弁権の切断回避の方法として積極的にとつた手段方法とは認められない。のみならず原審証人寺田忠一の第一、二回証言並びに成立に争のない甲第一〇ないし一四号証の各一、二によると、寺田忠一は被控訴人と原審脱退参加人会社との間に本件請負契約に関連して紛争が生じてから、右会社からの賃借申入を拒否して従前どおり被控訴人に賃貸して使用収益させる意思であることを明かにして被控訴人より賃料の支払をうけておることが認められ、右寺田は控訴人が本件家屋を所有して本件土地を占有使用することはこれを容認しないところであるから、控訴人に対する本件建物収去土地明渡請求の実現をみることは右寺田の意図するところと積極的に合致しており、被控訴人のなす本件代位権行使は自己の賃借権保全のためのみに右寺田の権利行使の自由を不当に侵害するものでもない。

以上の事実関係によると、代位権を行使しての被控訴人の本訴請求により前記同時履行の抗弁権切断の結果を招来するとしても、これを以て直ちに権利濫用にあたるものと解するのは相当でないから、控訴人のこの点の主張も損害賠償義務の存否、その金額について判断するまでもなく失当である。

一一、以上、控訴人は寺田の所有権にもとずく妨害排除請求権に対抗し得る抗弁権なく、かつ、被控訴人の右権利の代位行使は何等権利の濫用、信義誠実の原則に違反しないから、控訴人に対する被控訴人の本件建物収去、土地明渡請求は正当としてこれを認容すべきである。

一二、次に、被控訴人の賃借権にもとずくその侵害を理由とする損害賠償請求について考察するに、控訴人が何等の権原なく昭和三四年四月二四日本件土地上に本件建物を所有して右土地を占拠して被控訴人の賃借権を侵害していることは叙上の認定により明かというべく、従つて控訴人は右不法行為により被控訴人に加えている損害を賠償する義務があり、而して右損害は右土地の相当地代と同額と解すべく、成立に争のない甲第一〇ないし一四号証の各一、二によると右金額は少くとも昭和三四年四月二五日から昭和三五年一二月末日までの間一月一、五七六円、昭和三六年一月一日以降一月一、九三三円を下らないことが認められる。

そうすると控訴人に対して昭和三四年四月二五日から昭和三五年一二日未日までの間一月一、五七六円の割合の金員、昭和三六年一月一日から本件家屋収去、土地明渡のときまで一月一、九三三円の割合の金員の支払を求める被控訴人の請求はこれを正当としてこれを認容すべきである。(控訴人は本件建物収去、土地明渡請求に対して控訴人主張の損害賠償債権の支払をうける迄これに応じられないと主張し、同時履行の抗弁を提出するのみで、右債権と右不法占拠による損害賠償債務との相殺を主張していない。)

よつて原判決中本件建物収去、土地明渡請求を認容した部分は相当で本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条に則りこれを棄却すべきであるが、損害金支払請求を棄却した部分は相当でなく本件附帯控訴は理由があるから同法第三八六条に則りこれを取消すべく訴訟費用の負担につき同法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 増田幸次郎 井上三郎)

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